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千葉地方裁判所館山支部 昭和42年(ワ)32号 判決 1968年7月25日

原告

島口武次郎

ほか一名

被告

株式会社十文字土木

ほか一名

主文

原告等の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

(当事者の申立)

一、原告等訴訟代理人は、「(一)被告等は各自原告島口武次郎に対し金六六二、〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。(二)被告等は各自原告吉田典男に対し金八八、〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。(三)訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二、被告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

(当事者の主張)

一、原告等訴訟代理人は請求の原因及び主張として次のとおり述べた。

(一)  次の交通事故発生により、原告島口は物的損害を、原告吉田、訴外林新太郎、同林広行は各傷害を蒙つた。

(1) 事故発生時 昭和四一年八月九日午前一一時頃

(2) 事故発生場所 安房郡長狭町大川面一、〇七六番地高梨運送店前廃道敷地上

(3) 事故車 原告側、三菱キヤンター二噸車千四ひ九九一一号(以下原告車という)

被告側 キヤンターダンプ二噸車(土砂を満載)(以下被告車という)

(4) 運転者 原告車 吉田典男

被告車 栗原進

(二)  原告島口の損害。

(1) 原告吉田の運転していた原告車は原告島口の所有であるが、本件事故により破損し、修理代金三二四、五〇〇円、価値の減少金二四八、〇〇〇円合計金五七二、五〇〇円の損害を蒙つた。原告車は昭和四一年二月二三日購入した車で、価額は金八〇〇、〇〇〇円であり、事故までに四ケ月半使用したものであるから、償却費一ケ月金四〇、〇〇〇円の割合とし金一八〇、〇〇〇円減額されて金六二〇、〇〇〇円となる。事故による価値の減少は四割であるから、価値の減少価額は金二四八、〇〇〇円となるものである。

(2) 原告吉田は本件事故により負傷し、二ケ月半以上働けなかつた。原告島口は使用者として原告吉田に月給一ケ月金三五、〇〇〇円の割合で約一〇〇、〇〇〇円支払つたが、その内金七〇、〇〇〇円を請求する。

(3) 原告車は破損により二ケ月使用できなかつたので、その損害は金二〇、〇〇〇円である。

(4) よつて、原告島口の蒙つた損害は合計金六六二、五〇〇円となるが、その内金六六二、〇〇〇円を請求する。

(三)  原告吉田の損害。

(1) 原告吉田は本件事故により、右上腕前腕挫滅傷兼打撲症、右母指擦過傷、頭部打撲症の傷害を受け、長狭町長狭国保病院に昭和四一年八月九日から同月二三日まで入院加療を受け、退院後同年一〇月一〇日まで自宅で静養し、その間通院治療を受けた。その後一〇月末日まで働けなかつた。治療費は長狭国保病院入院分金五、〇一一円、外来分金三三、一八五円、附添費金二二、五〇〇円(一日一、五〇〇円、一五日分)、亀田病院金一、二二五円、諸雑費三、〇〇〇円以上、合計金六四、九二一円を要した。

(2) 原告車に同乗していた訴外林新太郎(明治三七年四月一六日生)は後頭部割創の傷害を受け、昭和四一年八月九日から同月一二日まで入院し、その後は外来で治療を受け、その治療費は入院分金一〇、二七一円、外来分金五、四三八円、合計金一五、七〇九円を要した。又同乗者訴外林広行(昭和二九年九月一三日生)は後頭部割創二ケ所、右上腕挫滅創、頬部割創、背部擦過傷の傷害を受け、同年八月九日から同月一二日まで入院し、その後は外来で治療を受け、その治療費は入院分金五、四二一円、外来分金二、〇四六円、合計金七、四六七円を要した。この林親子の治療費は原告吉田が代つて医者に支払つた。これは民法四七四条による第三者弁済であるから、四九九条により右林両名に代位して被告等にその支払を求めるものである。

(3) よつて、原告吉田は合計金八八、〇九七円の損害を蒙つたので、この内金八八、〇〇〇円を請求する。

(四)  事故の態様

本件事故発生の県道は、事故現場の大山寄りのところから新旧県道に分れて、三叉路となつている。吉田は空車の原告車を運転して、新県道より鴨川方面に向つて進行して来た。現場は県道の西側に幅四・七〇メートル長さ一五〇メートルの廃道敷(昭和四〇年廃道)が続いており、その廃道敷に面して高梨運送店が在る。原告吉田は、同店に立寄る用があつたので、三叉路を過ぎてから右折して中央線を越えて右廃道敷に入り、高梨運送店の前に来てから、左折して県道に出ようとしたとき、右前方約五〇メートルの辺に被告車の対向して来るのを発見したので、直ちに停車し、右折の信号を点滅しながら、被告車の通過を待つていた。ところが、被告車は県道より廃道敷に入つて来て、被告車の左前面を停車している原告車の右側面に衝突させたものである。その上、現場は下り勾配であるから、土砂を満載した被告車はブレーキに十分注意して進行すべきであるのに、この注意も怠つておつた。以上のとおり、本件事故は被告栗原の一方的過失により発生したものである。

(五)  以上のとおりであるから、原告等は、被告栗原に対しては、被告栗原の不法行為による前記の損害の賠償を求め、被告株式会社十文字土木(以下被告会社という)に対しては、人的損害については、第一次的に、被告車を運行の用に供した者として、自動車損害賠償保障法三条により、第二次的に、物的損害と共に、被告栗原の使用者としての責任として、それぞれ損害の賠償を求める。

二、被告等訴訟代理人は、答弁並びに主張として次のとおり述べた。

(一)  原告の請求原因中、交通事故のあつたこと、訴外林新太郎、同林広行が負傷したこと、事故現場の大山寄りのところが三叉路になつており、原告吉田が空の原告車を運転して新県道より鴨川方面に向つて進行して来たが新旧県道の分岐点を過ぎてから道路の右側を進行したことは認めるが、その余の事実は否認又は不知。

(二)  本件事故の発生した場所は旧県道と新県道とが結合しており、その幅は約一二メートルあるが、この旧県道であつた部分は廃道になつておらず、一般交通の用に供されている。被告栗原は、被告車を運転して、県道の左側を大山方面に向つて進行していたのであるが、前方約五〇メートルの地点で、原告吉田が原告車を運転して急に中央線を越えて道路の右側(原告吉田より見て)に入つて来たので、被告栗原がブレーキをかけ停止しようとした瞬間、原告車は左に(原告吉田より見て)急に曲りながら被告車に衝突したものである。このように、原告吉田は、被告車が対向して来るのを知りながら、中央線を越えて道路右側(原告吉田より見て)を進んで、被告車の前面に立塞つたもので、交通規制を無視したものである。即ち、本件事故は原告吉田の一方的過失により発生したもので、被告等には責任はない。

(三)  被告会社では係員をおいて、その保有車両について毎日点検をし、又作業については無理のいかぬように注意しており、運転者被告栗原も現在まで車の取扱いについて注意を怠つたことはなく、本件事故当時も車の運行について運転者としての注意を怠つていない。前記のとおり、被告吉田には故意又は故意に近い重大な過失があつた。又被告車は、新車で買つてから一ケ月位しか経つておらず、その間事故もなく調子も悪い事は一度もなかつた何等の欠陥のない車であつた。従つて、被告会社には、自動車損害賠償保障法三条に規定する免責事由がある。

(四)  仮りに前記免責事由が認められないとしても、本件事故は被告会社にとつては不可抗力である。被告栗原が原告車を認めて直ちに停車したとしても、原告車は、前方注視を怠り、且つ交通法規に違反して、中央線を越えて右側通行して来たものであるから、原告会社にとつては不可避のものであつた。従つて、このような場合には当然免責さるべきである。

(五)  仮りに被告会社も責任があるとすれば、過失相殺を主張する。

(六)  以上のとおり、被告等はいずれの点よりみても本件事故の責任はない。

(証拠) 〔略〕

理由

一、原告等主張の本件事故が発生したことは、当事者間に争いはない。

二、本件事故の発生原因は、原告等は被告栗原の過失であると主張し、被告等は原告吉田の過失であると主張する。そこで、本件事故の原因は、被告栗原の過失か、原告吉田の過失かについて検討する。〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められる。即ち、本件事故の現場は、鴨川町から大山を通つて天羽町、鋸南町保田方面に通ずるほゞ東西に通つている県道で、この辺から大山方面に向つて旧県道から北側に新県道を開設したため、左に旧道右に新道とY字形になつており、その分岐点から鴨川寄り約一〇〇メートルは旧道の北側に新道を加えたように道幅が広くなつており、道路の中央線の印は新道に当る部分の中央にされているが、新道部分も旧道部分を一様に舗装されて、新旧の区別なく通行されている。Y字形道路の分岐点と衝突地点との距離は約四六・四メートルであり、その分岐点から大山方面へ約一〇〇メートルはゆるい下り坂で一直線をなしており、それから大山方面へは少し急な坂となつている。衝突地点から鴨川方面へはゆるい上り坂で殆んど一直線である。従つて、衝突地点を中心に、大山寄り約一〇〇メートル、鴨川寄りに約三〇〇メートル、合計約四〇〇メートルは一直線をなしており、その間に障害物はなく、見通しは良好である。そして、その間の傾斜はゆるやかで、自動車の運行には平坦地と殆んど差違はない。この附近には公安委員会の道路標識や道路標示の規制標示はない。即ち特に速度の制限はない。被告栗原は、雇主被告会社の業務で、土砂を積んだ被告車を運転して、鴨川方面から大山方面に向つて、道路の左側を時速約五〇キロメートルで進行して来て事故現場近くに来たとき、Y字形の分岐の先に対向して来る原告車を認めたが、原告車は右分岐点を過ぎて幅の広いところを約一〇メートルに進んだとき、急に中央線を越えて道路の右側(吉田より見て)へ出て高梨運送店前に駐車していた貨物自動車の横を進行して来るのをみて危険を感じ、急いでブレーキをかけハンドルを右に切つたが及ばず、被告車と原告車とが衝突したものである。一方、原告吉田は、雇主原告島口の業務で、原告車を運転して、大山方面から鴨川方面へ向つて新県道を進んで来たが、新旧道の合流したところの近くの事故現場の南側に在る高梨運送店の前に大型貨物自動車二両が大山方面に向つて縦列に並んで停車しており、その傍に知人の訴外落合末吉、同大井某がいるのを認め、新道と旧道との合流点を過ぎ幅の広くなつた道路を約一〇メートル進んだ辺から急に右側(吉田より見て)へ出て、訴外落合、大井の方へ進んで来た。その時の速度は時速約四〇キロメートルであつた。吉田は、右側の落合、大井の二人に気をとられ前方注視を怠つたため、鴨川方面から道路の左側(栗原より見て)を対向して来る被告栗原運転の被告車に気がつかなかつた。原告吉田は、高梨運送店の前の落合、大井の傍で停車することもなく、道路の右側を前記停車中の二両の貨物自動車の横を進行したが、先頭の自動車の中央辺まで進んだとき、はじめて約三五メートル前方に対向して来る被告車を発見し、あわてゝ急ブレーキをかけるとともに、ハンドルを左に切つたが及ばず、原告車の右側前部と被告車の左側前部とを衝突させた。当時、衝突地点の附近には、前記高梨運送店の前(道路の南側)に貨物自動車二両が縦列に並んで駐車していた以外に自動車等の駐車停車していたものはなく、運転者被告栗原、原告吉田両名の見通しを障げるものはなかつた。原告車と被告車とは共に同一大きさのふそうキヤンター型貨物自動車であつて、原告車は積荷はなく、運転台に大人一人子供一人を同乗させていたが、被告車は土砂二トン余を積んでいた。このように、被告車は原告より総重量が重く、速度も被告車の方が少し速かつたのと、道路が東から西へゆるい坂であるため、被告車は下りで原告車は上りであつたのと、衝突の瞬間原告車被告車共に相手方の車を避けようとして、共に北へ、即ち原告車は左へ、被告車は右へ、それぞれハンドルを切つたため、原告車の右前部と被告車の左前部とが衝突し、その衝突により原告車は被告車に押されて左へ(北の方へ)向きを変えて停車し、被告車は進行方向より幾分右に曲りながら停車した。この衝突により、原告吉田も被告栗原も又原告車に同乗していた訴外林親子も共に負傷し、原告車も被告車も共に大破した。以上の事実が認められる。この認定に反する乙第四号証の一、原告吉田典男、同島口武次郎の各本人尋問の結果は、前記各証拠に照して採用できない。原告等は、旧県道部分は廃道であつて、この通行すべきところでない廃道部分を被告車が進行したために本件事故が発生したもので、被告栗原の責任であると主張するが、旧県道の部分が廃道になつたことの証拠はない。現にY字形に分れている左の旧県道は現在でも従来どおり立派に道路として使用されており、合流部分の中央線が新県道の部分の中央辺に印されているとしても(道路交通法一七条三項参照)、新道部分旧道部分一体をなして舗装され、道路として使用されているものである。被告車が旧道部分を進行したとしても、何ら責められることはない。それに〔証拠略〕によれば、被告車は、本体の半分以上は新道の部分を進行していたものと認められる。又原告等は、高梨運送店に用があり、左側に駐車できないので、右側に駐車しようと右側へ入つたと主張するが、現場は原告車の左側駐車の障害となるものは何もなかつたし、たとえ新道と旧道とが接続して道幅が広くなつていても、道路の右側を進行したり、右側に駐停車することは道路交通法一七条三項、四七条、四八条の禁止するところである。原告等は又、原告車が停車しているところへ被告車が衝突したと主張するが、〔証拠略〕によれば、原告車被告車共に急ブレーキをかけ、原告車は一五メートルの、被告車は一二・九メートルの、各スリツプ痕を印しながら衝突したものであることが認められる。従つて又、被告車のブレーキがきかなかつたものとも認められない。よつて、原告等のこれらの主張は、いずれも認めることはできない。以上の認定事実によれば、原告吉田が、新県道と旧県道との合流点近くで、右側高梨運送店前の訴外落合、大井の両名を認め、それに気をとられて前方注視義務を怠つたまま、道路交通法一七条三項に違反して道路の右側を進行した過失により、前方から対向して来る被告車を認めたときは既に約三五メートルの距離に接近していたので、あわてゝ急ブレーキをかけて、ハンドルを左に切つたが及ばず、本件事故を惹起したものであつて、被告栗原には過失はなかつたものであることが認められる。

三、前記認定のとおり、本件事故は原告吉田の過失により惹起されたもので、被告栗原には過失はないのであるから、被告栗原は本件事故による損害の賠償責任はないし、又被告栗原の使用者である被告会社には民法上の使用者責任はない。原告等は被告会社に対し、人的損害について、自動車損害賠償保障法三条により、自動車の運行供用者としての損害賠償を請求しているので、この点について次に検討する。

四、前記認定のとおり、被告栗原は、被告会社の被用者として被告会社の業務で、被告会社所有の被告車で土砂を運搬中に本件事故が発生したものであるから、原則として、被告会社は、自己のために被告車を運行の用に供し、その運行により他人の身体を害した責任を負わなければならないわけであるが、被告は自動車損害賠償保障法三条に規定する免責事由があると抗弁するので、その点を検討する。前記認定のとおり、本件事故は原告吉田の過失のみにより惹起されたものであるから、従つて運転者の被告栗原も、運行供与者である被告会社も被告車の運行について注意を怠らなかつたものと認められる。又〔証拠略〕によれば、被告車は本件事故より約一ケ月前に納入された新車で、納入後本件事故時までの間故障もなく、毎日正常に使用していたもので、その構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたものと認められる。原告等は被告車のブレーキに欠陥があつたと主張するが、〔証拠略〕によれば被告車のブレーキは正常に作用していたことが認められるので、原告等の主張は採用できない。以上のとおり、被告会社は、免責事由を立証したことになるので、本件事故による人的損害の賠償責任はないことになる。

五、以上のとおりであるから、被告等は本件事故による損害についてはいずれも責任がない。よつて原告等の被告等に対する本訴請求はいずれも理由がないので棄却し、訴訟費用については民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 稲垣正三)

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